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松永久秀 下克上の戦国の世において、その下克上の代表格が松永久秀である。梟雄を語る上で、久秀を避けることはできない。むしろ「梟雄」という言葉の方が久秀のためにあるといっても過言ではないだろう。執拗なまでに裏切りを繰り返し、それを悪とは思わず、「弱いから裏切られる。裏切られないためには強くあればよい」と言い切る。その久秀の生涯は謀略と裏切りの連続であった。 久秀の出自についてはあまり詳しいことはわかっていない。阿波出身であったという説もあれば、山城の西岡出身説もある。山城出身説では、斎藤道三と同郷で旧知の仲であったという。が、確証はない。 久秀が初めて、歴史の表舞台に登場するのは三好長慶の右筆としてである。三好家はこの当時、京で権力を握っていた細川家の臣下にあたる。三好家は応仁の乱以後、争乱相次いだ近畿で次第に勢力を伸ばし、今や主家である細川家をも凌ごうとしていた。その長慶の元で久秀はその能力を開花させていく。明晰な頭脳と巧みな弁舌によって、やがて久秀は三好家中において、たちまち、重要な位置を占めるようになる。 永禄二年(1559年)久秀は三好長慶の命で信貴山城を築城する。 その一方、堺にまで権威を広げることもしている。その年の7月に大和侵攻を開始した久秀は、井戸城、郡山城、歳方平城、桜坊城、沢城を陥落せしめ、次々と国人衆を従えた。 永禄三年、久秀は京都への要路にあたる奈良坂を眼下に望む高台地に、多聞城の築城を開始する。この城は「多聞櫓」というまったく新しい築城技術を駆使した城であった。多聞城は五年後に完成した。その城中で久秀は、奈良や堺の町人を招き豪勢な茶会を催したり、京都から公家を招いて学問や兵法を学んだという。久秀は築城にも通じ、教養も深かったのである。 翌年、久秀はさらに勢力を広げるべく、筒井順慶の配下・十市遠勝の居城十市城を攻めた。遠勝を追い詰めるものの、天険の要害である多武峰での頑強な抗戦に攻めあぐね、勅使を請うて和睦した。だが結局、十市遠勝は娘を人質に久秀に降る。久秀は、筒井順慶にとってかわり大和一国をほとんど平定するに至ったのである。 久秀の梟雄ぶりはこの頃から存分に発揮されている。それと重なるように三好一族の死が連続して続く。 永禄六年(1563年)、主君三好長慶の嫡男・義興が突如死去する。一説では久秀が毒を持ったというが、真相はどうであったか。それ以前にも長慶の末弟・十河一存も謎の死と遂げている。病死とされているが、有馬温泉で突如倒れたという説もあり、そのときの久秀も一緒にいたという。が、これも推測の域を出ない。 弟の三好義賢・十河一存に続き、嫡男・義興をも失った長慶は次第に精神を衰弱させていく。これにつけ込んだ久秀の讒言によって、長慶はたった一人残った弟・安宅冬康をも自らの手で葬ってしまう。そして、自らも最後に病没する。 久秀の三好家の乗っ取りはここに完成する。かつて三好長慶が細川晴元から実権を奪ったように、久秀も三好からその実権を奪った。これまで久秀は家紋に三好家の「三階菱紋」を使用していたが、これ以後「蔦紋」に変えている。蔦は地とつたわってはびこるため、繁栄を意味する印である。ここに久秀の野望がうかがえる。 長慶の死後、畿内は久秀と三好三人衆の思いがままとなる。久秀はまず、邪魔になった将軍・義輝の暗殺を実行にうつし、さらにその後に決裂した三人衆との戦いで東大寺の大仏殿を焼失させてしまう。これで久秀の三つの悪事「主君殺し」「将軍殺し」「大仏殿焼失」が揃った。前代未聞といってよい。 しかし、永禄十一年(1568年)年謀略の権化でもかなわぬ相手が京に上洛してきた。織田信長である。したたかな久秀ははじめは抵抗したものの、徹底抗戦を続けた三好三人衆とは対照的に、自らが不利と見るとあっさりと名物茶器「九十九髪茄子」を信長に献上し降伏してしまった。茶器に目がなかった信長はこれを受け入れたばかりか、大和一国を久秀に安堵した。 元亀三年(1572年)に武田信玄を中心に信長包囲網が形成されると、久秀はあっさりと信長を裏切る。が、信玄がまもなく没し、包囲網が崩れると、再度信長に降伏し許されている。信長が久秀ほどの梟雄を二度にわたって許したのは、舅であった斎藤道三と久秀が似ていたからかもしれない。安土城において信長が久秀を徳川家康に紹介したとき、信長は久秀の三つの悪事「主君殺し」「将軍殺し」「大仏殿焼失」をあげて笑ったという。信長流の褒め方であった。 だが、天正五年(1577年)久秀は二度にわたって信長に背く。信長の命で石山本願寺攻めをしていたが、突然本拠地の信貴山城に帰り、篭城したのである。二ヶ月後、城を信長軍によって焼き討ちにされた久秀は愛蔵の名器「平蜘蛛」とともに爆死して果てるのである。 落城した日、十月十日は久秀が十年前に東大寺大仏殿を焼き討ちにした日であった。 裏切りによって身を興した久秀は、裏切りによって滅びた。 |